台風15号直撃の夜に感じたこと 

帰宅直後、勢いだけで更新している。(5分ほどで書き上げたのだがWiMAXに障害がありネットに繋がらない…)

強力な台風15号の直撃を受けた1日だった。会社は電車運休・混乱を予想して、14時半で緊急業務のあるもの以外は速やかに帰宅するよう指示を出した。的確な指示だったと思う。しかし、本社ビルで働いていないものにとってはその情報があっても、帰るに帰れない状況もあった。結局会社を出たのは17時近くになってからだ。まだ電車は動いてる、その情報だけでタクシーで最寄り駅に向かったが、時既に遅しだったようだ。到着した電車に飛び乗るも、わずか10分2駅ほど行ったところで止まった。まさかそれから5時間もその場所に留まるとは知らずに。

中途半端な駅で止まってしまった。その駅の存在自体をしらなかった。通常であれば各駅停車の電車にのることはなく、通過駅だった。あたりを見回しても何もなかった。ただ住宅が点在するだけだ。その瞬間、駅外へ出るという選択はなかった。風速制限で運行できないというアナウンスで止まった後、更に風は強くなるばかりで復旧のめどが立たないのは明白だった。

その日は珍しく本を持ち合わせていた。好きな村上龍のエッセイだった。余談だが、氏のエッセイや小説はエネルギーをもたらす。今月、自分にとってとても辛いことが重なった。そんな状況を克服することは目の前の出来事を一つ一つきちんとこなし、時が過ぎるのを待つしか無い。だが村上龍の本には圧倒的なエネルギー・プライド・危機感…そんなメッセージが織り込まれているようで、特効薬のように一時的な気分の高揚、さらには日常を取り戻す自信を付けてくれる。かつて失恋した時にも氏の本を始め、様々な本を読みあさることで克服した。

話はそれたが、さすがに本があるといっても5時間は長すぎだ。早々に読み終わり、普段なら電車ではiPhoneを触っているのだが、電池の消耗を気にして思うように使うことが出来なかった。なぜ今日はエネループを持ってきていないのだろう。311の教訓を早くも忘れてしまったのか…

そこで何をしたかというと、何もしなかった。現実を受け入れ、そこから自分は何ができるのか。何をすべきなのか。ただただぼんやり瞑想にふけっていたように思う。何もしない時間、そんな時間を長時間過ごすことは良く考えると最近過ごしたことがなかった。家にいれば、5時間も誰とも話さず、パソコンもせず、テレビや音楽も聞くことなく、ただ座るだけという生活はしたことがない。私はただ座ってぼんやりしたのだ。とても贅沢な時間に感じた。

当初は、俺は何をやってるんだ、なんでこんな苦難ばかりなのか、と苛立っていた。しかし時間が経つにつれ、だんだんこの時間も悪くない思えてきた。現在の状況、愛する人のこと、仕事のこと、自分のこと、将来のこと。結論や正解はでないかもしれないが、考え抜いた。その内容についてはここには書かない。

「電車止まってるようだけれど、大丈夫?」「そっちの状況は?」「他の路線も止まったようだ」そんなことを連絡してきてくれる友人たちのありがたさ。先の見えない待機時間をPSPでゲームをして過ごす人、電話をかけまくる女性、淡々と現実を受け入れる人、おそらく良い生活をしてると思われる着物姿の品の良い老婆は、各方面から心配する電話が何度も掛かってきており、「タクシーを手配するか?」「ホテルを手配するか?」という連絡を非常に丁寧な口調でお断りしていた。その凛とした口調は、苛立つ人がいてもおかしくない車内で、規範となるような姿だった。扉が開いたままの車両に突風が吹き抜け、寒気さえする電車内で過ごした5時間。おそらく今後の人生でも二度とこんな経験はないだろう。

一つ思ったことがある。あくまで個人的に思ったというだけで、それ以上の意味はない。あの車両と駅にいた女性を見ただけなので断言は当然できないのだが。それは「美しい人(愛されている人)は延々と止まった電車や駅のホームにとどまることはない」ということだ。私の感覚では美しいという女性はいなかった。おそらくそのような人は、とうに誰かが迎えに来てくれる状況か、周りの男性が食事や飲みに誘ったからではないか、と思った。

同じく帰宅途中で足止めをくらった友人もお迎えがあったようだ。こういう危機的状況をともに乗り越える、という経験は一気に絆を深めることだろう。私だってそんな状況なら迎えに行きたい人はいる。だから側にいる、なんとか会える距離にいるという人は有利だ。電話で話す、メールを送る、それだけで元気づけられることもある。近くに(近い距離感に)いなければ守ることはできないのかもしれない、そんなことを思うと切なくなった。

6時間半も会社から自宅に時間がかかったのなら相当疲れているはずだが、案外私は元気だ。